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1ヶ月が過ぎました。

早いものですね。明日からは如月。

冬ごもりをしてイタズラに日を過ごしたとは思うのですが、
もう、私の年になるとこんなものかも分かりません。
思い通りに活動するなんて、無理なこと。

いまは、確定申告を早く済ましてと気がはやりますが、
資料を用意するだけで、税理士さんにしてもらうのです。
去年から電子申告とやらで、住基カードを必要とします。

世の中の変遷を思うにつけ
「夢かうつつか」と戸惑うことがままあります。
人様の前で、発言することが多かった私でしたが
これからは心して、黙することに勤めようと 
今年のきめごととしました。

「沈黙」これにはいろいろの意味が含まれています。
自分のサガを矯正することは難しいことですが、
無難に過ごすにはこれに限ります。

スリムにすっきりとさわやかに生きたいと思った一月でした。
by hekiku | 2010-01-31 10:50

陽光

 目に見えて日差しが明るくなりました。
 1月をまとまりなく過ごしたように思います。
手ごたえのなかった日々は、すっきり心が収まりません。
心が行動を制御するのか、行動が心を収めるのか、
とにかくここ数日は、ぼんやり過ごしてしまいました。

 でも、庭に出てみると、さくら草が咲き出して、一株に茎が何本も出て
蕾をいっぱいつけています。そして、チューリップも芽を出してきました。
沈丁花も大きくなった蕾が、ぱちっと弾けそうな姿です。
沈丁花は花が開くと匂いが強いものですから、すぐわかります。
アセビも花房を重そうに垂らしています。

 もう少し、もう少し、冬眠の日々を慌てずゆっくり過ごしましょう。
今はマイケルジャクソンの歌を楽しんでいます。
歌と踊りに天与の才能を発揮した彼は、すごい努力家だったといいますから、
力を出し切って、50歳の若さで亡くなったのです。

 50年前のアメリカ社会は人種差別がきつかったでしょう。
その中で、アメリカンドリームを実現した彼のすごさに驚嘆し、尊敬するのです。
子供の頃からのを映像で見て、世界の一級のアーチストに成長したのを喜び
その天才ぶりは神に近いのではないかと、彼の死を惜しんでいます。
by hekiku | 2010-01-27 14:33

在家仏教講演会

 今日は1月の第4金曜日。在家仏教会の講演会の日です。
堂島アバンザの協和発酵会議室。
講師は、薬師寺管主の山田法胤師。
演題は、「お釈迦様の生涯」
 
 薬師寺の東塔と西塔の2基の塔に釈迦の生涯を表わしてあるのを
説明してお話くださいました。
私がいつも座る席は、前から3番目くらいの中央です。
講師の先生とはぴったりと顔を合わせます。
心臓強いなあと自分で分かっているのですが、よく聴きたいのです。

 日本でも指折りの高僧を目の前にして、1時間30分の至福の時です。
明るく、さわやかに、はっきりと、おもしろくお話していただきました。
お釈迦様は、生まれてすぐに7歩あるいて、
「天上天下唯我独尊」「三界皆苦」「我当安之」といわれました。
「三界の苦しみを安んずることができる智慧を私が教えましょう」という意味です。

 「楽によって、心を汚す」という言葉が残りました。
ラクをすることは心にとって良くないのですね。
私たち日本人は、楽をしすぎたのです。
by hekiku | 2010-01-22 22:38

1.17

阪神大震災の被災者として、
どうしてこの日を忘れることができましょう。
まわりで5人の犠牲者を出しましたから、
自分の家のことなど、考えられませんでした。。

わが家は倒れたわけではありませんが、近隣はどの家も
「全壊」のシールが貼られました。それぐらい被害は甚大でした。

地震は不思議なもので、稲妻のように「すじ」になって走るのです。
そして川を過ぎるごとに、力は弱まっていきます。
この筋の家はひどい被害でも、一筋違えば被害は軽くて、
信じられないくらいです。

幸い私たちは、阪急線の塚口にマンションがありましたから、
そこに避難しました。尼崎市は武庫川を挟んで対岸にあるのですが、
インフラは今までどおり、なんの不自由もありませんでした。

私は、友達を亡くしました。民生委員としてずっと一緒に行動していたのです。
その日も会合に出る予定でした。
彼女の家は、隣の北町です。昔の大きい家でした。
その家が倒れて、ご主人とお孫さんと3人が亡くなられました。

我が家のお向かいも昔からの大きい家でした。
やっぱり全壊しました。お嬢さんが亡くなられました。
その家族の悲しみやいかばかり。とても推し量れるものではありまん。

合掌
by hekiku | 2010-01-18 09:06

震災の日

 阪神大震災から15年の日がたちました。
テレビではこの日の前になると、いろいろ番組が作られます。
何年たっても家族を失った人の悲しみは、癒されることはありません。
ハイチでは12日に大地震があって被害甚大のもよう。

 人間の社会って、こうもつぎつぎと災害のあるものなの?
地震は天災だけれど、どうも大自然が怒っているような気がします。

 地球のどこにいても、災害から逃れることはできないようですから、
災害に対処する用意をしておくことですね。
といって、地震の被災者である私も出来ていないのですから、
体験していない人がそんなに用意をしていないと思います。
この時期に大いにアピールしておくことです。

 被災者の私が用意するものとして、一番にあげたいものは
履物です。靴が必要です。
部屋の中がガラスなどの割れ物で、いっぱいですから、
靴がなければ逃げることも出来ません。
履物、懐中電灯、ラジオ、この3つは絶対の必需品です。

食べ物などは、もっと後のことですから、
まず、身の安全を確保するための用意をしてください。
by hekiku | 2010-01-15 21:57

成人式

今日は、成人の日。
娘の3人目の子が、成人式を迎えることになりました。
着物は去年の春に作っておきましたから、慌てることはありません。
が、まだ揃ってないものがあるからと、足袋とか、頭の飾りとかを
買ったそうです。背が高くって、色が白いものですから、
黒地に白系統の桜や菊などの模様です。金地の帯に朱の帯揚げと
掛衿です。私も一緒に選んだので、お気に入りです。

着付けがすんで、式典の会場は鳴尾浜ですから、
先ほど姿を見せにきてくれましたので、写真を撮りました。

ありふれた言葉ですが、「光陰矢のごとし」をしみじみ味わいます。
この20年、私はどうして過ごしたのでしょうか、
別に思い当たることはありませんが、一生懸命だったとは思います。

それでいいのかしら。
「明らかな目」があれば、
「深い智慧」があれば、良かったでしょうが、
なにもわからぬ暗愚な者は、これしかできません。

危なつかしく、愚かしい生き方ですが、
これからも、感動と感謝の日々を送っていくつもりです。
by hekiku | 2010-01-11 12:35

兄妹会

今日は私の兄妹会の新年会でした。
上から4番目の妹が当番でした。当番の人は前の年の
用事をして、新年会をすませて次へバトンタッチをします。
会計報告書をみんなに郵送して終わります。

もう50年近く続いている会ですが、上の者は年寄りになりました。
姉はもう曾孫が2人いるのですから、当番も難しくなります。
しかし、下の妹たちはまだ60代、きっと続けてくれることでしょう。
11人の出席でしたが、ゆっくりと話が出来て楽しい集いでした。

1月2日は我が家の新年会でした。
穏やかな天候に恵まれて、とてもいいお正月でした。
孫たち3人も元気な姿を見せてくれて、うれしかったですね。

いつものことながら、月日は忽ち通り過ぎていきます。
それはよくわかっているのですが、納得の行く日々を過ごそうと思っても、
そうもいきません。

その速き流れを横目で見て、
静かにスローに自分の出来ることをしていこうと思っています。
by hekiku | 2010-01-05 22:12

2010年1月1日

明けましておめでとうございます。
今年こそは、怠惰にならないようにと元旦ですが、
いつものとおり、6時起床。
新しい服に着替えて、テレビ体操を10分間いつものように。

まだ少し薄暗い中を、お宮さんに参って来ました。
驚いたことには、祈願帳に署名しているのはお隣さんでした。
あの人もこの人もご近所さんの名前があって、祈願することは
家内安全、無病息災でした。
みんな思うことは一緒です。
世の中の安穏とみんなの幸せを願って手を合わせました。

今日は一日ぜいたくに本を読んで過ごそうと思っています。
明日は娘一家5人のお客さんです。
娘の夫は180cm以上の大男、孫娘も170cm以上の大女。
あと孫息子と、もう一人の孫娘みんなおおきい。
2番目の孫娘は今年社会人になります。、
小さい私はますます小さくなりそうです。

「今日一日をしっかり生きる」
新年にあたり、今年の目標です。
by hekiku | 2010-01-01 09:56

月よみの 光をまちて かえりませ 山路はくりの いがのおおきに  良寛


by hekiku
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