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夏越の祓(なごしのはらえ) 2015.6.30

一年の半分が過ぎました。
無事に過ごせたことを感謝する日です。
そして後の半年が平穏に暮らせるように、神仏に祈願するという。
今時そんなことをする人は、殆どいませんし夏越の祓という言葉も
知らない人が多いです。

でも、インターネットやスマホでそういう言葉や意味を知って
日本の歴史に造詣を深めていくのは、いいですね。

昔は怨霊や災害などの、天変地異を深く受け止めていました。
いつも自然と向かい合っていましたから、神仏に祈願して
その加護を願っていたのです。

その大自然の営みの中にいる人間を、意識しなければなりません。
人間が主となって、すべてを牛耳ろうとしても無理なのです。
宇宙の運営はとても人間の智慧の及ぶところではありません。
やはり、神仏の世界です。

明日から7月です。
祇園祭に天神祭があります。
大坂に生まれ育っても、天神祭に行ったことはありません。
まして、祇園祭も見たことはありません。

暑い時期に人ごみの中に行くのは、どうもと敬遠していたのです。
残り少ない日々、「見たいなあー」とは思うのですが
実行できそうにもありません。

テレビを見ているのがちょうど良いのかもしれません。
だったら、せめてゆっくり、解説を聞いて楽しむことですね。

私は忙しすぎます。
いいえ、時間の使い方が下手なだけかもしれませんが、
ばかばかしいほど、どんくさい自分がおかしくなります。

スッキリと簡潔に暮らしたいものです。



by hekiku | 2015-06-30 08:18

帰るところ  2015.6.26

今日は在家仏教会の講演会に行ってきました。
いつものように、協和発酵の会議室。
講師は、龍谷大学教授 児玉 識師
演題は「光を仰いで」加藤辧三郎翁に学ぶ仏教的生き方

加藤辧三郎さんは協和発酵の創設者です。
科学者であり、企業人であり、仏教者であります。

私はずっと在家仏教誌を購読していますから、加藤様の名前は
早くから知っていますし、本もたくさん持っています。
私の父は7月11日に亡くなりましたが、そのひと月後、8月15日に
加藤様は亡くなられました。で、今年は33回忌。

加藤さまは、「人間は生まれる前からの無限の過去がある。
人生は旅である。帰るところがある」といっておられます。
生まれて、生きて、死んで、それで終わりではないのです。
過去も未来もあるのです。旅はつづいています。

浄土真宗の金子大栄先生に師事して、学んでこられました加藤様は
わかろうが、わからなくてもよい。仏の光を仰いで生きていこう。
と、提唱しておられます。

宗教とは感応の世界である。「科学では証明できないが何かがある」と
感じることだと教えて頂きました。

この会の講演会にいって、いつも教えてもらうことばかり
感動と発見の連続です。

近ごろは足が痛いものですから、会場の堂島アバンザまでは
しんどいと思うのですが、やっぱり、来てよかった。
得難い勉強をさせてもらっています。



by hekiku | 2015-06-26 20:00

夏至の頃  2015.6.23

朝早くから明るくなって、5時ともなれば、
床に就いているのがもったいないくらい。
農家では、もう仕事を始めているのではないでしょうか。

私は、日の長いこの季節が大好きです。
書道の勉強をして、展覧会活動をしていた20数年、この時期は展覧会に
出品の作品を血マナコで創っていたのです。
今から考えるとおかしいのですが、一生懸命だったことは
それはそれでよかったのではと思っています。

湿気を含んだ朝の空気が、何よりも得難いものでした。
紙も墨もそれを必要としているのです。

シーンと静まっている空気の中で、大きな白い紙に乾坤一擲筆を下す、
その緊張感はいまも忘れることはありません。
8尺も9尺もある紙の上にのって、なみなみと墨を吸った大きな筆で
最初の字を書く。ああーそんな時期もあったのだ。

阪神大震災の後、展覧会活動から遠ざかってしまいましたが、
書を一筋で貫いている人たちもいます。
私も、一筋が良かったのか?と思うこともありますが。
姑と夫の看病介護に追われた日々でしたから、それはそれで納得。

朝の明るいこの季節、思い出はいっぱいです。
夏至を境にして、また日は短くなって行きます。
一日が貴重です。
日の長いこの1日を喜びいっぱいで暮らしています。

by hekiku | 2015-06-23 21:11

なつかしい和歌山   2015.6.20

もう、75年も前、小学校3年の時のこと、
ひと夏を和歌山に避暑に行った。
天王寺から阪和線に乗って、和歌山からまだ南に「初島」という駅がある。
漁村の中で一軒の家を借りて、お手伝いさんも来てもらって、
海での避暑生活をした。
沖に浮かぶ「初島」は毎日飽きるほど見ていたが、永い年月のこと、
忘却の彼方である。

先日、熊野へ行った時、このあたりかと車窓から目を凝らしていたら
あーあー懐かしい初島が見えました。
通過した駅は「初島」とありました。
次の駅は「箕島」です。これは野球の強いところですから、よく覚えています。

いままでも、この紀勢線に乗っているのですが、気がついたら通り過ぎて
いたりして、島や海を見ることは無かったのです。
この歳で、もう来ることは無いだろうと、自分でよくわかっているのです。
両親や兄弟たち一家の姿が、たくさん思い出されます。

ああ懐かしい和歌山。
私たちを幸せな家庭で育ててくれた両親に、胸がいっぱいになります。
父や母の努力はいかばかり、精魂を込めて生きていた両親の姿に
その真剣さを伺うことができます。

今は世の中がすっかり変わって、
私は「ずっこけ時代」「ふざけすぎ時代」だと思っているのです。
真面目など、表に出さないで、余裕とか、ゆとりとか、を表看板に
しています。

しかし、人生はそんなに甘くない。
何があるかわからないのです。

大波小波が押し寄せてきます。
友達や社会が、どこまで助けられますか。
一人ひとりがしっかりすること、これに限ります。

「生あるものは必ず滅す、怠ることなく努力せよ」と
お釈迦様が言われたように、
真正面を向いて、真面目に努力したいと思っています。

by hekiku | 2015-06-20 15:49

熊野本宮大社  2015.6.16

熊野の山深く、緑の中で温泉に浸かってきました。
雨もたいしたことなくて、落ち着いた旅を楽しんできました。
わたらせ温泉「ささゆり」での宿泊ですが、とてもサービスが良くて
一日目に本宮大社への送り迎えをしてくださったのです。
自分たちで、タクシーをチャーターしていく予定でしたが。

JR白浜を降りて、富田川(とんだがわ)に沿って道は続きます。
1時間半ほどを、緑を浴びてクネクネと走りました。
いつも、旅をして思うのですが、日本の美しい山。
絞ればタラタラと緑のしずくが滴り落ちるような日本列島。

その国に棲息している幸せ。うれしいことです。
私は山が好きなんです。日本が好きなんです。

八咫烏(やたがらす)は3本の足を持つカラスです。
神武天皇が九州から東征するのに、太陽に向かって攻めるのはまずい。
南の熊野から北に向かうとよいと、八咫烏を案内に遣わされたのです。
そして大和のカシワラの宮で即位されました。

本宮大社は、古い古い歴史のお社で、八咫烏がトレードマークです。
熊野の山深く鎮座するこの宮は、神話の世界に戻った感がありました。
日本の起源に由来する、とても静謐なたたずまいが自然体でありました。

宿に帰り露天風呂に行きましたが、そこへは吊り橋を渡っていくのです。
あの川は、熊野川の支流と思うのですが、かなり急峻な流れでした。
あとで、写生を1枚。
お食事もおいしく、妹達とゆっくりくつろぎの時間を楽しみました。

次の日は、またまた宿のご好意で、白浜にある南方熊楠の記念館に
車で運んでくださいました。思いもよらぬこと。
熊楠って、偉大な人物ということは知っていましたが、
実際に資料の数々を見て、ひとりの人間がこれほどの仕事を
成し遂げられたことに、感動いたしました。
今の日本にそんな傑物はいないのでしょうか。
昔の人は偉かった。

一泊二日の旅。充実していました。
ずっと妹達が私をホローしてくれていました。ありがとう。






by hekiku | 2015-06-16 10:13

熊野行き  2015.6.12

多分この季節のこと、雨になるだろうと予測して、
旅の準備をしています。

リュックにしょうか、キャリーにしようか。
雨を考えればリュックがいいのだけれど、
雨の中を歩くということは少ないと思う。で、キャリーか。
この準備も、楽しいことの一つ。

熊野詣では平安時代、とても盛んであったらしいです。
各天皇は何回も行幸され、後白河法皇は34回も熊野詣でを
されたとあります。
熊野路は遠い。都からはどうして行ったのでしょう。

紀路(きじ) 伊勢路(いせじ)の どれ近し どれ遠し
広大慈悲の道なれば 紀路も 伊勢路も 遠からず 

と、梁塵秘抄の今様の歌にあります。

平安時代は阿弥陀信仰が盛んになりましたから熊野三山は
お浄土とあこがれたらしいです。
熊野本宮大社、熊野速玉大社、熊野那智大社の熊野三山は
全国にある熊野神社3千の総本山です。

和歌山と三重の県境に近いところ、紀勢線の白浜からバスで
1時間半。山道を走ります。以前、竜神温泉に行ったので
同じようなところですから、よくわかります。

歴史の古い、その地に行くのは興味深々です。
雨もよし、晴れも良し、行ってきます。



by hekiku | 2015-06-12 15:55

梅雨入り  2015.6.9

梅雨入り宣言もあり、本格的な雨の季節になりました。
おととい大阪に行ったのに引き続いて、今日は娘と買い物に
行きました。

大丸でタオルケットを買いました。タオルケットはあるのですが、
寝具類は傷んでなくても、新しいのが欲しくなるのです。
デパートでつい買ってしまいました。衝動買いです。

そのあと、靴屋さんに行き、娘の買い物にも付き合って、
いい買い物ができたと納得。

帰宅後、娘はポーチュラカの苗を植えてくれました。
で、今はそれとアメリカンブルーの咲くのが楽しみです。
エンジェルスイヤリングの鉢植えも挿し芽で成功したと
持ってきてくれました。それはもう蕾がなっているので
近いうちに咲くでしょう。

今はアジサイの季節。我が家の玄関には大きいアジサイが
花瓶に入っています。これも娘が持ってきてくれたもので、
「お世話になっているなあー」と実感。

もうすぐ、紀州の山奥へ旅をします。
妹2人と3人で。
この時期のこと雨かもしれません。
でも、近頃は雨の美しさが良くわかりますので、それはそれなりに
自然の中での感動を味わってこようと思っています。


by hekiku | 2015-06-09 20:54

浮腫   2015.6.6

近ごろ足のムクミが気になる。ずっと以前から気がついていたが
検尿の検査でも心配ないと、先生はおっしゃる。

朝起きた時は、足首が細くなっているが、だんだんとむくでくる。
靴下のゴムのところが食い込んでくびれている。

先生は降圧剤の薬を緩いのに変えてくださった。
どんな薬でも、必ず副作用がある。その怖いこと。

薬はありがたいようで、危険をはらんでいることを良く知って
おかなければならない。私のムクミが薬の副作用ということではないと
思うので、かんたんに言えませんが。

高齢になると、いろいろと体が傷んできます。それは長い間の
使いいたみだから仕方ありません。まったく物理的なものですから
納得しています。

それで心が動揺して、マイナス思考の生活に陥ることのないよう
強い精神力を持っていなくてはなりません。
ほんとうに、老いるとは忙しいものですね。

来年のサミットの場所が決まりました。
志摩の賢島です。
今年の1月に、娘と孫娘とで行ったところです。
宝生苑というホテルで泊まりましたが、すごい眺望で
日の出、日の入りを満喫いたしました。
お湯もいいし、お食事もおいしくて、5つ星のランクらしいです。

外国の人に、その美しさを堪能していただけたら、日本の良さを
知っていただけたらいいですね。

by hekiku | 2015-06-06 20:54

水無月  2015.6.3

六月になりました。
なぜ水無月というのかしら?と
調べてみたら、「無」は格助詞「の」で、「水の月」ということ。
田に水を引く月という意味だそうです。

六月は、梅雨期で雨がよく降るのに、どうして水が無い月というのだろうと
思っていました。ははあーん、そういうことでしたか。

昨夜はかなり降ったようで、木々は嬉しそうでした。
松葉ボタンを2株植えておいたので、ちょうど良かったと思います。

去年はトマトを植えて、かなり楽しませてもらいました。
トマトの苗が花屋さんの前に並んでいます。
どうしょう。やっぱりやめる。

だんだん動きにくくなった自分の体を思うと、躊躇してしまいます。
1年、1年、足が弱くなってきました。
それが良くわかっていますので。

あれもこれもと思っても、何もできずに1日が暮れてしまいます。
今は、買い物をして食事拵えをして、終わってしまいます。
情けないことですが、仕方がない。

怠け者にはなりたくない。これで良いのかしら?といつも
自問自答です。
世の中は変わってきました。老後を呑気に過ごしている人が多い。

私は、大切な命のある間、出来るだけ頑張りたいのです。
その努力が、生かされていることへの報恩、感謝だと思っているのです。


by hekiku | 2015-06-03 20:28

おしなべて 花のさかりになりにけり 山の端ごとにかかる白雲  西行


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