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ぶどう  2015.8.29

先日から、ホームページに載せる絵を描いていたのですが、
やっと今日出来上がりました。

とても拙い絵で、表に出すのは心臓が強くなければ
できないのですが、作文のでき具合と釣り合っているかと思って
完成とすることにしました。

昔、書道の作品を作っていた時と同じく、ものを創作するのは
しんどいことです。でも、手が離れた時の充実感は得難いものです。

秋の気配が濃厚となってきましたが、昼間の残暑はまだまだ。
30℃ぐらいあります。しかし、夜がうんと楽になりました。
先日のこと、ブドウを買いに娘の車で、吉川まで行ってきました。

午前中に箕面の病院に行って、そのあと、車でどんどん走って
キリンビールの神戸工場という所で、昼食を食べました。
まだ夏休みですから、子供が多く、今時のお母さんは、走り回って
騒いでいても注意をしないのです。

注意しないというよりも、大勢の人の中で騒ぐことに注意するなど
考えていないのです。子供が元気に走り回っていたらそれで、結構、結構。
で、私は「静かにしなさい」大声を出してしまいました。

子供たちはびっくりした顔をしていましたが、
「騒いだらいけないのだ」と思ったでしょうか?

その後、吉川の道の駅に行って、「藤稔」というブドウを買いました。
そのあたりは山田錦の里と呼ばれる所です。
ブドウが重いので、家まで送ってくれることになりました。
吉川のインターから中国道に乗って、六甲山を見ながらどんどん走って
宝塚まで20分、快適なドライブでした。

帰宅後、さっそく食べた「藤稔」のおいしいこと。
これぞ甘露の一粒でした。
by hekiku | 2015-08-29 16:48

久しぶりに  2015.8.26

いつも終戦記念日には、碧空という題で戦争の体験を書いている。
今年もと、頑張ってみたけれど、10年前ぐらいに比べると
確実に元気がない。箱の中に入ったようで冒険をしていない。
ぐずぐずしていると何もできないので、恥を覚悟で書上げました。

作文には、絵を添えている。それも拙いものだけれど、
それなりに文章になにがしかをプラスしていると思う。
今回は、書き置いた絵がないので、急遽、冷蔵庫にある野菜を描いてみた。

描けない描けない。久しぶりだから、時間ばかり食って
遅々として進まない。
でも、今月中にはホームページに上梓したい。

平素やっていてこそ、何らかはできるけれど、
久しぶりでは、どうしょうもない。しかし、やらねければ。

朝夕はだいぶ涼しくなったが、昼間はまだ暑い。
でも、もう8月も終わりに近い。これで夏は終わりなんだろうか。
暑さも、寒さも彼岸までというから、まだ暑くてもいいはずなんだけれど。

今年はは台風は多かったし、特別の暑さだったというけれど、
短い夏を惜しんで、もう少し季節の運びがゆっくりしてくれたらと
思っていますが、まだ残暑がどんなものか分かりません。

すべては、慌ただしい。
株価の乱高下の激しさ。
何事にもスローの私にはついていけない。
by hekiku | 2015-08-26 16:09

怖さを知らない 2015.8.22

寝屋川の男女中学生の殺人事件。
この子らは特別だったのかも知れない。
夜遅く、外出するということが、危険だということがわかっていない。

例えば、家庭での教育が出来ていないにしても、
自分自身で、わかるはずです。
防犯テレビで見ても、商店街をウロウロしても、他に誰もいなかったら
「夜遅くの外出はいけない」と感じ取らなければ。
何のために中一まで、教育を受けてきたの。

世の中には常識というものがあって、
規則、規範、基準、規定など、大まかにでも決められた常識があります。
だのにこの子たちは、朝になっても家に帰ろうとしないで、さまよっているのです。
まだ、12歳.13歳という歳で。

「してはいけないこと」でもする。という心のありかた。
冒険からか、反抗、不満からか、

それがどれだけ危険をはらんだ行為か。知らなかったのですね。
軽率な行為が、社会を撹乱します。
大切な命を失うことになります。

怖いことを知らなかった二人。トラの餌食になった二人。
これからどんなにでも羽ばたける二人だったのに。
可哀相。

親、先生、先人の言うことは、素直に守ってちょうだい。
一人一人がしっかりすることです。まわりに甘えないで、
自分に力をつけることです。一生懸命勉強しましょうね。

今回は残念な結果になりましたが、ご冥福をお祈りします。
by hekiku | 2015-08-22 09:34

大阪駅界隈  2015.8.19

娘からの電話で、お互いに時間があったので大阪へ。

もう夏休みの終盤、宿題に大忙しかと思いきや
大阪駅はいっぱいの人。
「一極集中は、良くないのにねエ」と娘、
私は、「何か災害に襲われた時、どうして自分を守れるか」と
高齢で、特に足が弱ってきている自分の防衛に不安になる。

地下街にいるときは、事故があったときの逃げ場を考えると
ほとんど無力を感じる。水や煙のこわさを思うと地下は苦手に思う。

人間は、ラクなように、面白いようにといろいろと腐心して、
地下街や、タワーマンションなどを造る。
でも私は敬遠です。足が地面についているのが安心です。

お寿司屋さんでお昼を食べて、後はあちこちと歩き回って、
ゲットしたものは、私の靴と帽子。娘のスカートという収穫。

荷物は娘が持ってくれるのですが、はじめのお寿司屋さんで買った
夕食用のウナギ寿司がずっとお荷物になりました。
帰りに買えばいいようなものですが、阪急、阪神、大丸と動く距離も
かなりのものですから、それを考えて。

5時ごろ家に帰って、ああーくたびれた。
「買い物はしんどいね」と私
「買い物を楽しく思わなければ、お買い物上手になれないね」と娘

そんなこんなで、一日が暮れました。
by hekiku | 2015-08-19 08:15

終戦70年  2015.8.15

今日は2015.8.15日。
戦争が終わって、70年が経ちました。

朝から冷気が流れて、さわやかな朝です。
空もカーンと青く晴れ渡っています。
あの日から70年も経ちました。

静かに静かに、この日を送りたいと思っています。
茫然自失のあの日もこんな晴天だった。
青い、碧い空だった。

私は、富山で玉音放送を聞きました。
父の実家の富山県東砺波郡福野町柴田屋という所に、
疎開していたのです。

女学生の勤労働員で働いていた工場は連日の空襲で
危険な状態でしたし、大阪はもう壊滅的な様相でした。

小学生の妹二人が疎開している富山に行くように
父が判断したのです。

その日の早朝、大阪駅まで送ってくれた父と離れて、一人で
北陸線に乗りました。
忘れもしないその日は8月6日で、広島に原爆が投下された日です。
ぎゅうぎゅう詰めの列車は、何度も何度も停車しながら
断末魔の姿で、喘ぎあえぎ走りました。
敵機が狙っているのですから、爆撃に合わないように
山陰に身を隠したりして、なかなか走れないのです。

夜の12時ごろに富山について、漆黒の闇夜の中を探して
伯父の家に着きました。

その日からわずか9日で終戦となりました。
焦土と化した国土であっても、ボロボロの国民であっても、
必ず立ち上がると信じましたが。

戦争の空しさはしっかり心に残りました。   14歳の夏。
by hekiku | 2015-08-15 08:09

お盆  2015.8.12

今日は娘と孫娘が、来てくれました。
お昼にばら寿司を作って、食べようといろいろ材料を
持ってきてくれました。

私は、ご米を4合炊飯器にセットして、リハビリデイサービスに
行きました。
運動は欠かせないので、出来るだけ休まないようにしています。
ここは、お盆休みはなく、よく頑張ってくださいます。

12時前に帰宅後、孫と一緒にコープさんに買い物に。
たい、まぐろ、はまち、サーモンの短冊を買って、
お寿司の上にのせました。みんなお魚が好きなものですから
けっこう、豪華なお料理ができて、美味しくいただきました。

女3代で、あれこれと手を加えて、お料理を作り
それを戴くのは、とても幸せなことです。楽しいことです。

明日はお寺はんがお参りに来てくださいます。
浄土真宗では、お盆だからと特別なことはしませんが
お花、お供え物はたくさん丁寧に飾ります。

お仏壇の掃除も済ませ、万端用意が出来ましたので、
明日のお参りを待つことにいたします。

そうそう、お経の本を見て、お寺はんの後について
読経したいと思っているのです。
お経を有難く思うにしても、訳が分からなくてはいけません。
そんな大胆なことを考えているのですが。
by hekiku | 2015-08-12 19:21

長崎原爆の日  2015.8.9

今日は長崎に原爆が投下された日。
全くひどい話ではありませんか。

被災した人は、その悲惨さを戦争の知らない人に
知ってもらおうと、訴えておられるのでしょう。
筆舌に尽くせない地獄絵を体験された方の生々しいお話。

本当なら、こんな殺戮をした加害者に怒り、その罪を問わねばなりません。
そこがぼんやりしています。
だれに憤っているのかと言えば、戦争をした軍隊とか責任者とか
我が国の為政者に怒っているように思うのです。

そりやぁ責任はあります。
しかし、これほどの加害者がどうもぼやけているではありませんか。
日本人は敗戦国民として、洗脳されてしまって
その魔力から抜け出せていないのです。

ナチにユダヤ人が虐殺されたといっても、
広島、長崎の原爆だけではない。日本国中の都会を破壊し
無力な人間を殺戮したのはもっとひどい。

是は是、非は非として、しっかり物事を見極めなければならない。
こうして、歴史は流れていくのか?
人間って、本当に罪深いものです。

神よ照覧あれ。
by hekiku | 2015-08-09 15:05

水を楽しむ 2015.8.7

8月は本当に忙しい。
原爆記念日、終戦記念日、高校野球、いつもニュースがいっぱい。

記録が出るほどの暑さ。
熱帯夜が何日続いたとか、37℃以上のところもあちこちに。
京都とか、豊岡は冬が寒くて、夏は暑い。たまりませんね。

でも私は腹の底で、ニンマリ。
暑いといっても、冬よりいいわあ。
ざあーざあーと、水を使って、ニンマリ。快適です。
洗濯ばかりしているし、キッチンの水仕事も、こまめにやって喜んでいます。
植木の水やりもいい気持ち、少々かかっても大丈夫。

我が家は、南北の風が通って涼しい。
床にころっと寝転んで、うたたねをする。これも夏ならではの醍醐味。
夏の、楽しみ、悦びはあれもこれもいっぱい。

きのう、妹達とランチに行ってきました。
梅田のいつものところ。
大阪に出ると、人が多いのにはあきれるほど、
夏休みのセイか、家族連れで満ちています。

梅田の大丸で補聴器を造りましたから、時々、調整してもらうのです。
いまのところ、紛失もせず、上手に使って1年経ちました。
補聴器をつかっていても、聞き取りにくいことも多々あります。

キイを打っているうちに、洗濯が出来ました。
2.3時間あれば、カラッと乾燥します。夏はいいですね。
夕方は涼風の中でアイロン当て。

これに夜空が良く見えたらいいのですが、どうしても
見えにくい。街灯の光、何かかすんでいるよう大気、などで
美しい星を見ることができない。

これは、自分の目に見る力が無くなったのだと思います。
by hekiku | 2015-08-07 10:17

炎暑  2015.8.4

昔はこんなに暑くなかったのだろう?と人は言う。
今日は34℃
道路は舗装されているし、エアコンからの暑い空気。
熱中症に気を付けてと、報道される。

私の子供の頃は、まだ牛や馬が、荷車を曳いて、物を運んでいた。
もちろんトラックもあったが、町の真ん中を馬車が通っていた。

こんな暑い夏には、馬も疲れて倒れてしまう。それをおじさんが
たたきながら起こそうとする。水を飲ませたり、介抱しても、
いったん横になった馬は、起き上がることは無い。

昔、といっても昭和10年代頃か。
こんな光景を、何度か見た。
寒い季節に、こんな光景は見ない。
炎暑、猛暑、酷暑、灼熱の太陽のもとで、働いていた馬がかわいそう。
暑いからと警告を出すのはありがたいが、私のように昔人間は、
過保護だなあと思う。

過保護の社会にいると、なにかがあると、社会のセイにして
保障やら、賠償やらで、行政は圧迫される。

出来るだけ、自分のことは自分で。社会が自主自立の方向で歩まないと
良くならないと思う。
by hekiku | 2015-08-04 17:41

八月―葉月  2015.8.1

やっぱり暑いですねえ。
よく風の通るこの一階の部屋でも、31℃
2階は去年の記録で36.3℃だったのだから。やっぱり私の思って
いる、7月31日から8月1日がいちばん暑いのではないかと思う。

テレビでも、新聞でも、原爆記念日、終戦記念日の報道が多くなります。
とくに、今年は終戦70年の節目の年。
先ほどは原爆被害者の「いしぶみ」というのを、テレビでやっていました。

私は思う。
たくさんの「命」を奪ったのはだれ?
日本が悪い。「もう過ちはしません」などといつまでいうのですか?
日本が過ちを犯して、たくさんの尊い命を奪った。
そんなことで、話の決着がつくのでしょうか。

理不尽なことを、どこまで許容できるのでしょうか!

悲しいことです。

でも世界中には、これらしき弱い者いじめ、
勝てば官軍、負ければ賊軍。のいわれなきことが、
いっぱいではありませんか。

すべては強いものが勝つのです。
命を奪われても、私が悪かったというより仕方がないのです。

私は戦争ほどバカバカしいものはないから、
絶体にしてはいけないと思う。間尺にあわないものです。
弱いものは、屈辱に耐えて70年。

いつか、歴史が見直されることもあるのでしょうか。
by hekiku | 2015-08-01 15:50

月よみの 光をまちて かえりませ 山路はくりの いがのおおきに  良寛


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