2017年 新年  2017.1.3

新しい年が明けました。温暖な明るい正月3カ日です。
昨日は娘の家族5人が年賀に来てくれました。

私のほうは何もできず、我流のおせちを造ってのおもてなしです。
娘はあれもこれもと持って来て、テーブルをいつっぱいに盛り上げて
くれます。
孫娘2人はよく動きますから、大助かりです。

大勢で新春のお祝いができるのは、本当にありがたいことです。
61年もの永き間、この家で新年を迎えられたことは、神仏、ご先祖様の
ご加護と思っています。

子供と孫たちが幸せでありますように。
健康でありますように。

今年はそう強く願っています。
自分の生命の余白も薄らいできました。

30日に亡くなられた渡辺和子先生のご本「置かれた場所で咲きなさい」の
言葉通りにと願っています。
後悔はいっぱい
失敗はいっぱい
思うような人生の道を歩めなくても、「その場」で精いっぱい花を咲かせて
欲しい。そう考えています。

「その場」での幸せ、楽しみがいっぱいあるのです。
それをしっかり知らなければ。
これは、子や孫に言っているのでなく、自分自身への言葉です。

他にものが言えるか!
そうそう、謙虚に深くものを考えよう。
軽薄で後悔の多い私の今年の目標です。

# by hekiku | 2017-01-03 11:29

年越し 2016.12.30

大晦日の前日はなんというのでしょうか。
今年はわりと段取りよくできたほうかと思う。
やっぱり元気だからだろう。

午前中に塚口の掃除に行った。その年の汚れはきれいにして
おかなければという意識が強いものだから、息子と一緒に行って
簡単ながらも掃除を済ませた。

毎年していることはやっぱり済まさなければならない。
これが年越しというものだろう。
玄関のしめ飾り、床の間の生け花とお鏡の三宝、これが新年を迎える
用意です。さきほど、お仏壇の掃除もできました。ここにも
お餅を備えます。あとは、神棚と荒神さんこれは息子が掃除をして
お神酒やお米,お塩とお餅を供えます。これが年越しの仕事です。

新年が明けたら、仏壇、神棚、荒神に燈明をつけて
拝礼します。祝いの膳をいただいて、氏神様におまいりします。

息子はそのあと、門戸厄神に行きますが、熱心なものだと
感心しています。きっと家族を代表してお参りしてくれているのだろうと
思っています。
若い時は、清荒神や中山寺に子供を連れて行ったものですが。

明日は大晦日、ありがたい一年でした。
周りの支えがあって、元気に生きさせてもらっています。
感謝、感謝でございます。


# by hekiku | 2016-12-30 20:30

おせち  2016.12.27

久しぶりの雨です。
今日は冷蔵庫や流し台の下を掃除するつもり。
掃除の日はカラッと晴れているほうがいいのですが、
もう、残り少ないので。

「そんなに食べないので、造り過ぎないように」と、娘はいう。
時代が大きく変化して、私が過ごした戦中戦後の社会とは
全然違います。
食料が不足して、食べることに大きなウエイトがかかっていました。
「おもてなしは、美味しいものを十分に食べていただく」という配慮で
過してまいりました。

今は満ち満ちています。
食べることに、何の不足もない。この生活が当たり前なのです。
だから、繊細な味覚を養うことはできないマイナスはあります。

私は毎年同じようなおせちを造って、お正月を迎えます。
昔に比べればうんと少なくした縮小版ですが、やっぱり、
おせちは縁起ものだと思っているのです。

黒豆、椎茸、昆巻き、ゴマメなどは早めに作って、タッパ―に入れて
冷蔵しておきます。31日に、もう一度火を入れて、重箱に
盛り付けます。

嫁して61年の間こんなことをしてお正月を迎えていますが、
ずっと以前、息子はそんなに忙しいことをしないで、
お正月は温泉に行ったらと言っていましたが、
なるほどと思いながらも、実行はしていません。
でも、お正月がすめば、長逗留で温泉に行きたいと思ています。

時代は変わります。
時はながれます。
温故知新で、古きを大事にして、新しきものから学ばねばなりません。



# by hekiku | 2016-12-27 09:08

さざんか  2016.12.23

我が家のさざんかは今真っ盛り。
今年の花は大きい、年末の忙しい時にかかわらず、
しっかりと自己表現をしている。

 さざんかさざんか咲いた道
 たき火だたき火だ落ち葉焚き
 あたろうよあたろうよ
 しもやけお手てがもうかゆい

先日もお茶の会で皆と歌いましたが、よく知られた歌で、
誰でも歌える懐かしい歌ですね。

でも、たき火など今の子はしたことがないでしょう。
そして、「しもやけ」はなにか知らないと思います。

「しもやけ」は手や足の指が赤くはれて、痒くなるのですが
冷えるのが原因といいます。昔の子供はたいてい冬になると
しもやけになっていました。

戦後の食糧事情の悪い時は、栄養が不足しているからと言われて
いたこともあります。

時代とともに姿を消したものは沢山あります。
私が子供のころは、
ラオやさん。鋳掛屋さん。おこもさん。巡礼さん
山伏。虚無僧。など遠い昔は町で見かけたり、
門先に立って鈴を鳴らしたり、お経を挙げられたものです。
家の者は、小銭をつかんで表に行って鉢に入れたものです。

だんだんと消えていく。悲しく侘しいものです。
時代の大きい流れは、すべてを吞み込んで滔々と流れていきます。
自分もその流れに身を任せていますが、
時々、むかしむかしを思い出して、懐かしむことがあります。

# by hekiku | 2016-12-23 18:22

今日は冬至 2016.12.21

一年中でいちばん日中が短い日です。
私は毎朝6時に起床して、廊下を歩いて階段を下りて、
1階のキッチンに入ります。

今朝は真っ暗、照明をつけていきます。
もう半月ほど前から、真っ暗がつづいています。
さあー、これからは少しづつ明るくなるんだ。と
希望が湧いてきます。

昨日は娘と、梅田にお買い物。
私の欲しかった腕時計を見に行きました。
が、私が目をつけていたものが無いのです。
大丸の時計売り場のセイコウのお店で、しっかり見ておいたのに。

無い、ない、ナイ?
一か月前に100パーセントお気に入りのものがあったのに。
その時、買っておくべきだった。残念至極。

色々見せてもらったが、もう妥協するしかない。
予算オーバーだったけれど、ピンクゴールドのものを選んだ。

これで思い出したことがある。京都法然院の墓地で
河上肇先生のお墓を見つけられなかったこと。
何度も行っているのに、何故かわからなくなって、
とうとう見つけられなかったことを。

思いもよらぬことがある。何故かわからない?
これが「年老いた」ことなのか。
娘は「時計の記号をメモしておくとよかったね」という。

記録、メモ、は大事なこと。
思い違い、感覚の変化などに対処するために、しっかりメモをして
おこうと思う。

大体私は、感情で動いている人間だから、こんなミスがある。
怜悧に、落ち着いて、行動しなければ。

# by hekiku | 2016-12-21 08:51

気が付けば  2016.12.18

あっーという間に12月の半ばが過ぎました。
何をぼんやりしていたのかと思うくらい日が早く経ちました。
年賀状のプリントが済んでいるので、気をゆるませたのかも
しれません。

もう、時代がすっかり変わっているのだから、簡単に楽なように
すればいいのでしょうけれど。
昔のように、無理をしてたくさんの仕事をこなして、
お正月を迎えるというのじゃなくて、もっとラクにお正月を
迎えたらいいのだと思います。

年とともに老いが進んでまいります。
それを甘受しながら楽しく暮らすことを、心がけなくてはと思って
いますが、どうすればよいのでしょう。

今日は近くの公園に、ナンキンハゼを見に行ってきました。
毎年11月の終わりころになると、10mもある高木の枝に
ナンキンハゼの実が銀色に残っていて、それが真っ青な空に
映えるのです。その空の深い青さと、高いところでぶらさがっている
実がとても可愛らしい。

が、今年11月のその頃にはまだ緑の葉がいっぱいだった
それで、今日確かめに行ったら、もう葉っぱはなく、黄色い実が
ぶら下がっていたので安心。

その年、その年。いろいろあるものです。
すべては動き、変化していくのです。諸行無常。
自分の、心の通りにはいきません。



# by hekiku | 2016-12-18 21:08

月命日  2016.12.13

今日は夫の月命日。
朝、8時になるとお寺はんが来てくださいました。
昨日に掃除や、お供え物、佛花、お布施は用意して、命日らしく
してありますから、慌てることなくお寺はんをお迎えします。

この家に嫁してきて、60年余の月日が流れました。
月命日だけでも何回?。
お盆やお彼岸のおまいりをしていただいていたので、どれだけくらいの
数になるでしょうか。
それから法事も1周忌、3回忌、7回忌、13回忌、まだまだ。
数年前にはお舅様の50回忌の法事をさせていただきました。

日常茶飯事のなかで、こなしてきた行事です。

気が付けば、それで元気に生きさせていただいているのですね。
亡くなった先人を偲ぶ。
これは忘れてはならないものです。

今は大きく変わりました。
お葬式もいらない。お墓もいらない。
どこの家でもそういうわけではないでしょうが、
この世を去った人に、情愛を薄くしているのです。

今日は、お寺はんの正信偈に合わせて、私も正信偈を挙げさせて
いただきました。
偉大な先覚者の教えをよくきく。
大自然の中で棲息していることの感謝、感激。
そんなことを考えていました。

これからどんな世の中になるのでしょうか、
心配です。


# by hekiku | 2016-12-13 10:48

大詔奉戴日 2016.12.8

大東亜戦争が始まった日です。
宣戦布告をして真珠湾攻撃をして、戦争がはじまりました。

その時、天皇陛下が宣戦布告の大詔を出されたのです。
その大詔を国民が戴いたというので、「大詔奉戴日」と言っていました。
昭和16年12月8日のことです。
75年の月日が経ちました。

太平洋戦争は無残な結果になりました。
たくさんの尊い命が犠牲になりました。
どんなことがあっても、戦争をしてはなりませぬ。

私は、10歳になっていましたからよく覚えています。
私より年上の人は、戦争の悲しさ、非情さ、空しさを覚えています。
忘れた人はいないはずです。
地獄絵図を忘れることはありません。

どんな屈辱でも、理不尽なことでも、じっと耐え忍んでも
戦争は避けねばなりません。
そう思って、今日の太平洋戦争の開戦日を送りました。

西の空に宵の明星が輝いています。
お月様は上弦の月で、これも冴えわたっています。
穏やかな一日でした。

平和をありがとう。平穏な一日をありがとう。



# by hekiku | 2016-12-08 19:28

年賀状の絵 2016.12.5

12月に入ってもう5日にもなりました。
ここのところ、石鎚山の絵が描けなくて、時間ばかり
無駄にしています。年賀状に使うものですから、
どうでもこうでも仕上げなくてはならないのに、
なかなか納得するものにはならないのです。

遠い昔のこと、書道の作品造りに没頭していたころを思い出します。
時間と、体力をフルに使って頑張っても、思うようなものができない。
展覧会の締め切りが迫ってくる、そんな極限状態で、実力がないから
仕方がないと妥協した作品を出品したものです。

パソコンで描いている小さな絵。
一本の線も思うようには描けないのです。
手がぐらぐらして、思いもよらぬところに手が走っていくのです。
これが老化というものでしょうか。
でもそれに負けたくない。

明日はどうしても仕上げるつもりです。
が、どうなりますことやら。
パソコンで絵を描くようになって、16年かしら?
ずっと年賀状はパソコンです。
さっさと仕上げること。どこかで納得しなければ。


# by hekiku | 2016-12-05 21:39

目標にしたい 2016.11.30

あっーという間の霜月だった。
今秋は天候に恵まれないで、晴天の日は少なかったように
思う。洗濯しているとよく分かる。カラッと乾いてほしいのに
そうはいかない。
いつものことだけど、慌ただしく日を送っている。


5月から町内会のいきいき体操に行くようになったので、
リハビリデイケアは週1回に。もう、5年間もお世話になっている。
近ごろは無理をしないよう、頑張り過ぎないよう、に心がけています。
グループは9人で、男6人、女3人です。
女性は私の他の二人は90歳代。

90歳を過ぎて数年。みんなと同じように運動をして、トレーナーの
言われることはすぐ理解して、何の遜色もない。
「よく聞こえますね」「耳だけはねえ」と。
お二方とも、娘さんがよく見てくださっているようです。

無駄口を言わないで、人の話をよく聞いておられます。
穏やかで、にこやかで、毅然としていておられます。

あーあー、私とは全然違う。
私は知ったかぶりをして、しゃべる。自分の存在を誇示する。
軽薄で、軽率で浮いている。

彼女たちは、
永いあいだ生きて来られた中で、蓄積された人格が偲ばれます。
しっかりと落ち着いていて、犯しがたい品格があります。
「カゼをひたことはありません」と言っておられるのを聞いて、
驚きました。
日常生活にも、しっかりと努力をしておられるのですね。

よき人のそばで学びたい。言動、姿勢、すべてにおいて
私は、学びたい



# by hekiku | 2016-11-30 09:09

千曲川いざよふ波の岸近き宿に のぼりつ濁り酒濁れる飲みて  草枕しばし慰む   島崎藤村


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