夏の朝 2016.7.30 (土)

快晴の空、夏の朝は穏やかに静まり返っています。
ミーンミーン、シンシンシンと蝉が鳴いています。
土曜日、休みの朝はいつもこの静謐さが漂います。

今日の気持ちよさは、空ですね。
カラッと澄んでいるのです。それこそ「碧空のかなたへ」飛んで
行きたい。
風がよく通るので、冷ややかな空気が流れて気持ちの良いこと。
極楽浄土で安らかに、憩いの時を味わっています。

五木寛之の「大河の一滴」を読んでいます。
うん、うん。なあーるほど。私にはよく理解できる内容です。
宗教書よりよく分かります。

「人間はちっぽけな存在である。どれほど小さくとも、草の葉の一滴の露にも
天地の生命は宿る。それは宇宙の呼吸と言いかえてもいい。
一滴の露は小さな流れとなり、大河に合流する。その流れに身を預けて
海へ注ぐ大河の一滴が私たちの命だ。
濁った水も、汚染された水も差別なく受け入れて海は広がる。
やがて蒸発して、空の雲となり、雨水となって地上に注ぐ。」

「人が死ぬということは、海に還るということではないのか。
生命の海に還り、ふたたびそこから空に昇ってゆく。
そして雲となり雨となって、また地上の旅がスタートする。」
と書いておられます。

私も近頃は「死とは、大自然に帰ること」ではないかと
自分で考えるようになっていました。
それは全く自分流の考えでしたが、納得のいく答でした。

「大河の一滴」を読んで、一つ違いですが五木寛之氏とは同じ
時代を生き、年齢を重ねてきたものとして、同感しながら
読ませていただきました。

沢山の人を殺戮した若者よ。きっと心の奥底では
障害者を我がことのように考えて、苦しく、悲しく辛かったのでは
ないかと思います。やさしい心がいっぱいだったのでしょう。
曲がりくねっていった自分を制御することができなかったのですね。

by hekiku | 2016-07-30 09:20

世の中は  常にもがもな渚こぐ      あまの小舟の綱手かなしも 実朝


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