夏越の祓  2018.6.30

今年の半分が過ぎました。
早いものですね。
時は待たない。怜悧に過ぎてゆきます。

私はいつも置いてきぼりにされて、うろうろしています。
この冷酷な「時」を、凌駕する人があるでしょうか?
明治時代の正岡子規とか、石川啄木などは若くして亡くなり
ましたが、その仕事は凝縮されたもので、「時」を越した
ものだったと思います。
何事においても、日時以上に生きて来た成果を挙げている人も
いるでしょう。

今年の半分が過ぎたのを、やさしい目で見よう。
人には「分」というものがある
肩や腕が痛いといっても、娘や息子がやさしくしてくれる。
周りの人の、気遣いも暖かい。
歓びと感謝でいっぱい。

以前、東大寺の貫主であった清水公照師に
私がずっと疑問にしている大きな課題を聞いてみた
「人間は何のために生きているのですか?」と。
師は「そんなこと誰にも分かりません」。
  「おじいさんも、おばあさんも分からんまま死ぬのです」
といわれた。
その時、私はおおいに失望したが、
もがいても、あせっても、徒手空拳何もつかめていない。

何も分からんままでいいのですねえ。
このままでいいのですねえ。

by hekiku | 2018-06-30 09:55

世の中は  常にもがもな渚こぐ      あまの小舟の綱手かなしも 実朝


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